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三重にある能褒野神社(のぼのじんじゃ)とは?日本武尊ゆかりの地で歴史散策を楽しむ

能褒野神社とはどんな場所?
能褒野神社(のぼのじんじゃ)は、三重県亀山市田村町にある神社で、古代の英雄・日本武尊(ヤマトタケル)を主祭神として祀っています。
この地は、『古事記』や『日本書紀』にも記されている、日本武尊が最期を迎えた場所とされており、神社のすぐそばには陵墓と伝わる能褒野王塚古墳が存在します。
古代史や神話にゆかりの深い、静かで厳かな空気に包まれたスポットです。



日本武尊の最期の地とされる「能褒野」
日本武尊は、第12代・景行天皇の皇子であり、西の熊襲討伐や東国遠征など数々の戦功をあげた伝説的な人物です。
東国平定の帰路、伊吹山の神の怒りに触れて病に倒れ、この能褒野の地で力尽きたと伝えられています。
亡くなる直前には、
倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山籠れる 倭し麗し
という歌を詠んだとされており、故郷・大和への強い想いが感じられます。
白鳥伝説と弟橘媛の物語
日本武尊には多くの伝説が残されており、その中でも有名なのが「白鳥伝説」です。
亡くなった後、その魂が白鳥となって大和へ飛び去ったと語り継がれています。
また、妃である弟橘媛との物語も印象的です。
東国へ向かう途中、海が荒れて命の危機に瀕した際、弟橘媛は海神を鎮めるため自ら入水し、日本武尊を救ったとされています。
能褒野周辺には、この二人にまつわる史跡も点在しており、地域全体で物語を感じられるのも特徴です。
能褒野神社の創建と歴史
能褒野神社は、明治時代に創建された比較的新しい神社です。
明治12年(1879年)、内務省によって能褒野王塚古墳が日本武尊の墓と正式に定められたことをきっかけに、地元有志が遺徳を偲び神社の創建を計画しました。
その後、
- 明治16年:社号「能褒野神社」が選定
- 明治17年:創建許可
- 明治28年:社殿竣工・鎮座祭実施
といった流れで整備され、後には周辺の神社も合祀されていきます。
大正14年(1925年)には県社に昇格し、地域の信仰の中心として現在に至ります。
見どころ①:能褒野王塚古墳
神社のすぐ隣にある能褒野王塚古墳は、全長約90m・高さ約9mの前方後円墳で、三重県北部では最大級の規模を誇ります。
日本武尊の陵墓として宮内庁により治定されており、神社とあわせて訪れることで、より深く歴史を感じられます。









見どころ②:静寂に包まれた参道と境内
参道に一歩足を踏み入れると、空気が変わるような静けさが広がります。
観光地化されすぎていないため、人も比較的少なく、落ち着いて参拝できるのが魅力です。
基本の作法である「二礼二拍手一礼」でゆっくりとお参りするのがおすすめです。











見どころ③:のぼのの森公園と居醒泉
神社の隣には「のぼのの森公園」があり、自然豊かな空間が広がっています。
園内には湧水「居醒泉」があり、池では錦鯉が泳ぐなど、穏やかな景観が楽しめます。
参拝後にゆっくり散策するのにもぴったりです。
南側の駐車場にはトイレがあります。北側にも駐車場がありますが、公園内は歩いて移動できる広さでした。




能褒野神社はこんな人におすすめ
能褒野神社は、観光地としての派手さはないものの、
- 日本神話や古代史に興味がある人
- 静かな場所でゆっくり参拝したい人
- 人混みを避けて落ち着いた時間を過ごしたい人
には特におすすめのスポットです。
日本武尊の物語が色濃く残るこの地で、歴史に思いを馳せながら過ごしてみてください。
【能褒野神社(のぼのじんじゃ)】
住所:三重県亀山市田村町1409 のぼのの森公園内
営業時間:24時間
駐車場:あり
※WEBより【2026年4月時点】


